PROFILE
大房 和雄 KAZUO OFUSA
元高校保健体育教諭。ハンドボール部監督として全国準優勝2回、日本代表スタッフとしてアジア大会優勝に貢献。メンタルトレーニングの重要性を実感し、2023年に教職を退職して大学院へ進学。スポーツ心理学を専攻し、心理学・脳科学・コーチングを基盤に、独自の「ワクワクスイッチプログラム®」を開発。
現在は、株式会社ワクワクオン代表取締役、富山ドリームス監督、大学院生として、三つのフィールドで挑戦を続けている。

ハンドボール一家に生まれて
1979年、富山県生まれ。ハンドボール一家に育つ。父も母もハンドボール部の指導者であり、共に日本体育大学出身。兄弟全員が父の教え子として育った。一家は揃って日本体育大学出身という、生まれた時からハンドボールが身近にある環境だった。
しかし、ハンドボール一家であることは、決して甘いものではなかった。兄弟ともに父が務める高岡向陵高校に進学し、父の指導を受けることになる。父は監督として、深い愛情の中にも厳しさを持って、息子たちに接した。「親子の縁を切るぞ」――そう言われ、兄弟ともに家でも学校でも父を「お父さん」と呼べず、「先生」と呼ばなければならなかった。指導者としての父と、親としての父。その境界線を常に意識せざるを得ない中で、愛情と厳しさが一体となった教育を受けて育った。
高校時代の孤立と母の言葉
高校生の頃、キャプテンとしてチームをまとめようとする中で、孤立してしまった時期があった。悩み、苦しんでいたある日、母とある喫茶店で話をした。母は静かに、しかし力強く言った。
「間違ったことしているの?やり通しなさい!いずれ分かり合える仲間が必ずいるから」
父の厳しさと、母の愛情。その両方があったからこそ、高校生活を乗り切ることができた。そして、母の言葉通り、後々にその仲間たちとは深い絆で結ばれることになる。結婚式では、当時孤立していた中でも信じてついてきてくれたその仲間に友人代表のスピーチをしてもらった。さらに、その息子が高岡向陵高校ハンドボール部に入学してくれた時、あの時母が伝えたかったことが、ようやく本当の意味で分かった。信念を持ってやり通すこと。その先に本物の仲間がいること――。
この孤立した経験は、後に自分の指導者としての姿勢に大きな影響を与えることになる。仲間を大切にする気持ち。一人ひとりに寄り添うこと。その大切さを、身をもって学んだのだ。
指導者への道、そして最初の挫折
高岡向陵高校を卒業後、日本体育大学に進学。卒業後は父と母と同じ道、高校保健体育科教諭の道を選んだ。ハンドボールでも結果を出し、競技を通して人間指導をする――そんな志を持って指導者となった。
父の勤める高岡向陵高校ハンドボール部の指導を任された。かつて自分が選手として汗を流したコートに、今度は監督として戻ってきた。父の愛情の意味、その中にある厳しさの意味を、今度は自分が指導者として理解する番だった。
当時、県内でなかなか勝てなかったチームを、1年目にして県で優勝し、インターハイ出場へと導いた。しかし、これが大きな壁にぶつかるスタートだとは気づくはずもなく、完全に図に乗っていた。
父の指導は、その時代においては最高のやり方であり、愛情の中にある厳しさだった。実際、その指導法が多くの選手を育て、結果を残してきた。1年目の成功体験もあり、父と同じように厳しく指導することが正しいと信じて、毎日生徒の指導にあたっていた。
しかし、2年目、3年目と結果を出すことができず、過去ワーストの結果に終わった。さらに追い打ちをかけるように、選手たちが集団で大きな問題を起こしてしまった。学校にも、父にも、保護者の皆様にも迷惑をかけてしまう状態になった。
焦った自分は、更に厳しい指導に拍車をかけた。しかし、それは完全に逆効果だった。ハンドボールでも結果を出し、競技を通して人間指導をするという志で指導者となったのに、全く真逆の結果になっていた。

「楽しんでいいんだ」という気づき
自分自身もネガティブで、イライラしてしまう性格に悩んでいた。選手たちに厳しく当たってしまう自分。思うようにいかないと感情的になってしまう自分。それが大きなコンプレックスだった。
「このままでいいのか」「もっと良い指導者になりたい」――そんな想いから、メンタルについて、コーチングについて、徹底的に学び始めた。書籍を読み漁り、セミナーに参加し、様々な指導法を研究した。
そして、ある時気づいた。「楽しんでいいんだ」と。
自分自身が楽しむこと。選手たちが楽しみながら、ワクワクしながら取り組むこと。それこそが、ネガティブな感情を乗り越え、本来の力を発揮する鍵だった。父の愛情と厳しさも素晴らしかった。母が教えてくれた「やり通すこと」の意味も理解できた。高校時代の孤立した経験が教えてくれた、仲間を大切にすることの意味。しかし、時代は変わり、選手たちも変わっていく。ポジティブなアプローチこそが、今の時代の持続的な成長につながる。
そして、この経験を通じて確信した。技術だけでなく、心の成長こそが真の競技力向上につながる。メンタルトレーニングの重要性を、身をもって痛感したのだ。

全国準優勝、そして日本代表スタッフへ
父から受け継いだ情熱と愛情、母から学んだ信念を貫く強さ、孤立の経験から得た仲間を大切にする心、自分が見出した新しいアプローチ。そして、自分自身のネガティブさや失敗と向き合いながら得た気づき。それらを融合させることが、自分の指導の軸となっていった。
その後、監督として新たに見出した「楽しむ力」を大切にしながら選手たちを導いた。2015年と2019年には全国準優勝という結果を残すことができた。しかし、それ以上に重要だったのは、選手たちが生き生きと成長していく姿だった。そして、自分自身も変わっていく実感があった。父と母から受け継いだ情熱と愛情に、自分なりの形を加えながら、選手たちに向き合っていった。
高校教員として本業に励む傍ら、副業として他のチームや先生方からの依頼を受け、メンタルトレーニングやコーチングの支援を行うようになった。様々なチームや指導者と関わる中で、メンタルトレーニングの有効性をさらに実感していった。
2017年からは、日本代表アンダーカテゴリーのスタッフとして8年間活動。2度の世界選手権出場を経験し、2019年アジア大会では素晴らしい選手たち、そして優秀なスタッフに恵まれ準優勝、2021年には日本アンダーカテゴリーハンドボール史上初となるアジア大会優勝を成し遂げることができた。日本のトップレベルで指導する中で、世界の強豪と何度も対峙し、その圧倒的な差を目の当たりにした。技術、戦術、そして何よりもメンタルの強さ――。この世界との差を埋めたい。そして、高校教員時代から実践し、その重要性を実感していたメンタルトレーニングを科学的にさらに深掘りしたい。この2つの強い想いが、人生を大きく変える決断へとつながっていく。




人生最大の決断
2023年、人生で最も大きな決断に直面する。父が長年築き上げてきた高岡向陵高校ハンドボール部。その伝統を受け継ぎ、監督として歩んできた道。それを手放すことは、想像を超える葛藤と迷いを伴った。父への申し訳なさ、選手たちへの責任、安定した教職という立場――。何度も何度も自問自答した。本当にこれでいいのか。このまま高岡向陵に残るべきではないのか。
しかし、世界との差を埋めたい。メンタルトレーニングを科学的に深めたい。その想いは日に日に強くなっていった。46歳、安定した教職を退職し、金沢大学大学院へ進学する――この決断には、相当な覚悟と決心が必要だった。
周囲は驚き、父も母も心配した。父と同じ高岡向陵高校で教え、監督として実績を残してきたにもかかわらず、父が築いてきたものを手放し、安定した道を捨てる決断。迷いに迷った末、最終的に自分の夢、自分の目標を優先することを決めた。母が教えてくれた「やり通すこと」を胸に、スポーツ心理学を専攻し、心理学・脳科学・コーチングを本格的に学び始める。

大学院、そして経営者100本ノック
大学院での学びは、これまでの経験と結びつき、新たな形を成していった。父から受け継いだ情熱と愛情、母から学んだ信念を貫く強さ、孤立の経験から得た仲間を大切にする心、13年前の失敗から学んだ教訓、自分自身のネガティブさと向き合いながら見出した「楽しむ力」、そして最新の科学的アプローチを融合させていった。
この2年間で支援したチームの中からは、日本一に輝いたチームや全国大会で上位入賞を果たすチームが複数誕生。現在は、全国常連校を含む多数のチームを指導している。
そして、新たな挑戦を見据えた時、自分の足りなさに気づいた。ずっと教員という世界でやってきたため、世の中のこと、経営のことを全く知らない。企業を支援していくためには、このままではいけない――。そう考え、「経営者100本ノック」と名付けて、様々な経営者に会いに行き、経営のこと、組織のこと、世の中のことを学びまくった。経営者の生の声、現場の課題、組織運営の実際。教員という枠の中では決して知ることのできなかった世界が、次々と目の前に広がっていった。

株式会社ワクワクオン設立、富山ドリームス監督就任
―デュアルキャリアで挑戦
2024年、スポーツチームだけでなく、企業に対する人材育成および組織活性化の支援を目的として、株式会社ワクワクオンを設立。「真のワクワクを追求し、一人ひとりの"できる"スイッチをオンにし、ワクワクがあふれる社会を創る」というミッションを掲げた。
2025年には、プロハンドボールチーム「富山ドリームス」の監督に就任。企業経営者としての顔と、プロチーム監督としての顔。自らがデュアルキャリアを実践しながら、日本一を目指すという新たな挑戦を始めた。



